Dr. Waterman's Desk

An old desk of an American theologian ("日本語" speaker) / Check out another blog please "Comments by Dr Marks"

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American citizen but a foreign native born in southern Germany, raised in northern Japan. He holds a Ph.D. degree in biblical theology (Center for Advanced Theological Studies, Fuller Theological Seminary). Dr. Waterman mainly lives in Los Angeles, California. He studied various subjects (philosophy, sociology, etc.) and languages in Japan and in America (Hirosaki University, University of Tokyo, Fuller Theological Seminary, and other institutions). Email: markwaterman(at)fuller(dot)edu. Some call him "Dr. Marks".

Saturday, November 17, 2007

Judas Iscariot in San Diego Marriott & Marina



サンディエゴ・マリオット・マリーナでのイスカリオテのユダ


追加ふたつ。

「ユダの福音書」については、18日(日)夜の本書に関する著作をなした人たちを中心にしたディスカッションが行われます。下記の昨晩(17日)私の記事とは別の見方や、マーヴィン・マイヤー先生からの反論も聞けるでしょう。ただし、今晩はホテルへの戻りが遅く、明日(19日)はフラーの朝食会に出るためオンするのは後日になるかもしれません。(会場でコンピュータを叩ける状態なら叩きますが、なかなか難しい。)

あがるまさんと私へのITのアドヴァイスが、Ashigaru 様から入っています。「今年の手提げ袋」のコメント欄です。皆様もご参照あれ。

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今日は私の訪れた会場はほとんどがマリオットだった。一つがハイヤットだったが、思い起こせば(←そんな昔のことかと言われそうだが、実にめまぐるしかったので遠い昔のよう)皆マリオットだ。コンヴェンションセンターには夜行って新会長の講演を聴く予定だったが、その前のヨハネ伝と歴史性のセッションで冷え込み(冷房がギンギン)、お腹も空いたので ditch した(←学生俗語「ditch school で、学校をサボる、学校をフケる」)。どうせ、講演はフルペーパーになって数箇月後に学会誌に載る。

昼は一端にアイリッシ・レストランでオムレツ(←一端のメニューか?)を食べたが、夜はホテル近くのラルフズ(スーパー)ですしパックを買って部屋で食べる。侘しいね。それからメールをチェックしたり、なんだり。写真も処理してオンすることにした。




一番目は、今日ほとんどを過ごしたマリオット・マリーンの中庭だ。今日は寒い日なのにまだ泳いでいる人がいた。二番目のものは昨日軍港と言ったので、軍艦の写真。その他は、今日の見出しに関係のある、我がブログで有名な二人の写真。いずれも発表の終わったときを見計らって邪魔にならないように撮ったものだ。ノートを開いているのが Gerd Lüdemann 兄さんで、おっかなそうな顎鬚おじさんが Birger Pearson 親分。小柄な奥さんと一緒のリューデマン兄さんには偶々ロビーで出会い、声をかけて一緒の写真に納まった。(←これは今回見せません。)

さて、本日のトピックスだが、Rodolphe Kasser と Marvin Meyer の英語訳が昨年出たとき、マスコミが囃し立て、かつお調子者のマイヤーが(イエズス会士の John P. Meier とは違うよ)正典記事や伝統とは別で、ユダは英雄と見られているとか、同じく例のイーアマン先生が13はラッキーナンバーなどと言ったものだが、今日の午前午後の関連セッションを覗いた限りでは、世間の(←学者の世間)評判はマイヤーやイーアマンに批判的というより、ピアスン親父などは何度も面白そうに引き合いに出してこの二人を馬鹿にしていた。実は、リューデマンも彼らに批判的であるし、その他の発表者も大方は二人の勇み足をからかった内容になっていた。

すなわち、私自身はコプト語もできない門外漢なので判断は慎むが、「ユダの福音書」のユダは英雄などではないしイエスが奥義を与えたのでもない。この文書は、初期キリスト教の発展段階において、第二世代(2世紀頃)の反ユダヤ主義文献であり、ユダはその象徴である。(←もっと後だとも考えられうが、これはリューデマンの説) また、イエスが誰であるかをユダが知っているのは当然である。なぜなら、彼はこの福音書で悪魔とされているからだそうだ。(←ピアスンの説)



最後に、前からの約束なので、リューデマンの英語について一言。ユルゲン・モルトマンの英語もうまかったが。彼はそれ以上かもしれない。彼が連れてきたのかどうかは知らないが、他のずっと若いドイツ人の発表者のほうが強いアクセントなのに、ほとんど自然のアメリカ英語で発表したし、質疑応答でも、私との会話でも(←俺より遥かにうまい)よどみがない。脱帽!



ピアスン親父はしっかりと先日私が買った本を宣伝していた。