Please Visit My Japanologists Only Page
しばらくの間日本語のみの分家を訪問ください
Click on → http://d.hatena.ne.jp/DrMarks/
An old desk of an American theologian (a native speaker of Japanese 日本語)
American citizen (but a native of Aizu 会津, Japan). He holds a Ph.D. degree in biblical theology (Center for Advanced Theological Studies, Fuller Theological Seminary). Dr. Waterman and his wife live in Los Angeles, California. He studied various subjects (philosophy, sociology, etc.) and languages in Japan and in America (Hirosaki University 弘前大学, University of Tokyo 東京大学, and Fuller Theological Seminary). For the blogger's photo, click on the first entry of this blog ("My friends, I'm here" posted on September 13, 2006). His favorite books: The Empty Tomb Tradition of Mark, アメリカの公共生活と宗教 Email: markwaterman(at)cp(dot)fuller(dot)edu. Some call him "Dr. Marks."
しばらくの間日本語のみの分家を訪問ください
Click on → http://d.hatena.ne.jp/DrMarks/
うへ~、季刊カトリック聖書学と来たもんだ!?
私の本の書評がまた出ている。アマゾンなどの一般書評ではない。専門家が専門誌に書いたものだ。米国カトリック聖書学会(The Catholic Biblical Association of America)の機関誌で季刊誌の Catholic Biblical Quarterly (CBQ)に載っている。今年の1月号(第70巻、2008年、p. 175-176)に出たばかり。今回のは前回の Review of Biblical Literature (RBL)に載った書評とは一味違う。前のRBL のはほとんどほめてばかりで、しかも私自身の要約まで使っている気の抜けたようなやつだった。しかし、それでも、メジャーな一流誌に載ったのだから、まっいいか、だった。
今度のは違うよ。明らかに戦い挑んでる。それでもね、私ははじめ、うへ~(Oy vey!)ローマカトリック様が取り上げてくださったわい。嬉ぴい、と思ったものだ。なぜなら、私の「墓が空だった」という内容の本は、どちらかというとローマカトリックの神学と伝統に近いからだ。ハンス・キュングなんて、アフォな神学者はもろ馬鹿にして書いたことは書いたが、概ねカト様には好意的な本だ。
ところが、ところがじゃ。評者の名前を見て腰抜かす。ぎっくり腰の上に、腰を抜かして、冷や汗たらたら。じゃじゃーん! N. Clayton Croy 兄ちゃんだー!!! オハイオ州の Trinity Lutheran Seminary のプロテで、顔は優しそうだが怖~い兄ちゃんクロイ先生だ。
どうやら、CBQ の意地悪な編集委員が彼に書かせたような気がする。なぜかって? 実は、私のほうが先に、彼のことをけちょんけちょんに書いてしまったのじゃ。案の定、パピルスの冊子体は「弱い」(私は「強い」と主張)と再び主張して彼の説の出ている本をちゃっかり書評の中で宣伝しているではないか。それ以外は反論してこないのは間違いを認めたのかな?
しかし、クロイの兄ちゃんはほめてるところはほめてるし、確かに彼の指摘した弱点は私自身意識していたところで、ごもっとも、と認めるしかない部分もある。しかし、パピルスは強いんだよ。そんなに軟じゃない。
いつか、この日が来ると思ったが、思ったより早かった。日本じゃちっとも話題になってはいないが、ヨーロッパの人たちも読んでいてくれるし、ようやく敵からの反応があったことはある意味で嬉しい。喧嘩の相手になってくれないで無視されるのは寂しいもんね。
あっそうそう、oy veh とか、oy vey iz mir というのは、イーディッシュの感嘆詞ね。ユダヤ人のじいさん、ばあさんがしょっちゅう声に出すが、若い映画評論家などが今でも言ってるよ。
ここまで書いたときに、思い出したことがある。日本のブログで読んだのだが、確か田川建三にからんだ記事だったと思う。イエスの生涯や地上のイエスはキリスト教以前であり、イエスの死後がキリスト教の始まりだ。だからキリスト教と言ってもイエス教とは言わない。更に、イエスはキリスト教の教祖ではない、などとも書いていたのを見た。
それは、歴史の解釈次第なのだが、一般的にはイエスの生涯=史的イエスは初期ないし原始キリスト教の範囲である。むしろ、歴史家の間で問題なのは、この始まりではなく初期キリスト教の終わりをどこにするかだ。コンスタンチンの何時をもって初期キリスト教の終わりとするかのほうが問題のようだ。私は終わりのほうは専門外なのでとくに意見はない。しかし、初めのほうはパウロからキリスト教が始まったとか、どうたらこうたらは、今じゃシリアスな学者は誰も言わないのよ。断言してもいい。イエスからキリスト教が始まったに決まってるじゃないの。
ところで、歴史には、古代はここからここまで、中世はここからここまでなんて本当はない。高校の歴史の教科書の常識は専門家の間ではないのだ。ここからここまでというのは歴史が決めるのではなく、歴史家が決めているにすぎない。

息子のマットゥから親父ミットゥへのいたずら電話
My IT Assist., Mr. Sxlx, if you find any corruption or browser crash, please fix it as soon as possible. Thank you, MWW.
お知らせ:上記 Fuller のEメールが土曜日から月曜日にかけてシステム変更のため不通(e-mail blackout)になります。不通にはなりますが、メールそのものは保管されています(suspended in a queue)ので後日開きます。従って、急ぎでなければ、その間にくださっても OK は OK です。MWW
YouTube ノイローゼで上記のような SOS を付けておかなければならないのが悲しい。誰でもいいから壊れていたら通知してください。私の IT 助手は自動的に気づくわけではありませんので。
さて、この動画だが、政治的なキャンペーンのためではない。忙しくて記事など書いていられないのだが、昨日の朝、KTLA のニューズで見たのが余りにも可笑しく、可愛い息子と親父の関係なので紹介する。(日本でも紹介された?)
また、宗教学上のこともあるので、その紹介ということもある。アメリカで生まれたキリスト教を標榜するおかしなものの中で、「ものみの塔=エホバの証人」と「モルモン教」は有名である。それぞれについては、WP でも見ていただきたい。ここでは説明しない。ただし、現在のモルモン教徒は、かつてのようではなく、社会的には問題のない教派とみていい。ものみの塔は、テロリストではないが極端な原理主義で反社会的な行動を取ることがある(医療拒否と子供の私物化など)。その点は違う。
この動画に初めに出る若者は Matt Romney といって、共和党の大統領候補者 Mitt Romney の次男である。この Matt 君がミシガン州の予備選挙中の親父ロムニー候補をリラックスさせてやるつもりで、いたずら電話をカリフォルニア州のサンディエゴから親父にかける。それは、シュワルツネッガーカリフォルニア州知事のふりをしてかけるわけだが、初め(多分)シュワちゃんがロムニー候補に推薦(endorsement)をくれるのではないかと期待させるところがミソ。ところが、シュワちゃんらしき声は変な質問を始めるからおかしいなと思い、最後の「お前の父ちゃん今どこで何やってんの?」という台詞で、ロムニー候補は息子のいたずらだと気づくという話。
忙しい間をぬって食事しているところに電話して、しかもそれを録画したのだから、息子 Matt 君の協力者がいるはずだ。親父をリラックスさせるとか何とかいって、ちゃんと宣伝しているから、この次男も大したものだ。じゃ、長男はどこかって? 親父同様にハーヴァードのビジネススクールを出た長男は、ロムニー候補の選挙参謀だから、きっと側でいたずらに協力していたに違いない。
この候補者の宗教がモルモン教。そして、そのことがロムニー候補の弱点だという噂だ。しかし、彼はハーヴァードビジネススクールの優等生であり、大金持ちのビジネスマンであり、更にあのソルトレークの冬季オリンピックのとき、スキャンダルでめためたになった委員会の建て直しに乗り込んで大会を成功させ、しかも黒字にしてしまったことで有名だ。彼は、大統領になるためにマサチューセッツの州知事を一期で辞めてしまった人物でもある。詳しくは WP でどうぞ。ああ、忙しい、忙しい、と。
歴史とは何か?
まるでカー (E. H. Carr )みたいな題で申し訳ない。実は、分家で小説の真似事をしていて、そこに「歴史とは何か?」という短い文章を書いた。ここでは、それを読んでみてくださいということと、そのことが聖書学や初期キリスト教史に関わっているということを申し添えたいと思います。
http://d.hatena.ne.jp/DrMarks/20080113
少ないと言えば少ない、多いと言えば多い、現存の写本の断片や、歴史的な原資料を初めて手にすると心躍ります。しかし、資料が本物でも、その資料が担う情報が本物とは限らないのです。
(お知らせです)
Fookai さんと南都さん、お騒がせしました。ひょっとしたらということで、身内のIT助手に電話して見てもらいました。やはり、Fookai さんのおっしゃるとおりでした。私や南都さんのブラウザでは問題ないのですが、自動的に対応していないブラウザでは、今回も前にご指摘をわどさんから受けたときと同じで、画面が崩れるそうです。
彼が、通常に見える場合と崩れて見える場合の双方を実演してくれました。確かに、文字が勝手に薄くなって読めません。一応今はどこからでも問題なく見えるはずですが、不都合があったらまたコメントください。(なお、ほとんどのブラウザは普通に見えるので気づかなかったはずだと言われました。)
更に、私のブラウザの中国漢字についてもわかりました。普通の日本語フォントがあるブラウザでは問題がないそうです。実演してもらいました。私の今使っている移動用小型コンピュータ(Compaq)にまともな日本語フォントが入っていないので中国漢字を unicode が利用しているそうです。近く、まともな日本語フォントを彼に入れてもらうことにしました。
以上、お騒がせしました。そして、コメントありがとうございました。謝謝、
沃徳曼敬白。
グッドエイカー博士のユーテューブ
Mark Goodacre が2004年に収録した"Who Wrote the Bible?" ものを YouTube で紹介している。今より少しハンサムに見える。まだ、イギリスのバーミンガムにいた頃のものだ。イギリスの発音に慣れないと聞き取りにくいが、ローマの地下集会所兼墓地であるカタコームの様子などが映し出されている8分間の動画だ。彼のブログにあったものだが、ここに転載する。
イエスの十字架上の死後、30余年も経った頃、ローマ皇帝ネロが64年のローマ市の大火の犯人としてキリスト教徒を名指し、いわれなく彼らを迫害し、ペテロもパウロも殉教の死を遂げる。この時期に(70年前後)現存する(あるいは現存云々にかかわらず)最初の福音書を書いたのはマルコであった。自分が目にしたものとして直接イエスの事跡を語れる古老が、高齢や殉教で世を去るのに伴い、マルコはイエスの事跡を書き留める必要を感じたのであろうか。
次に、マタイがマルコを元に書き直したことは、ほぼ明らかである。まさに、マルコそっくりの箇所が幾つもあるからである。著作権もないし剽窃(plagiarism 盗用)という考えもないから、使えるものはそのままマルコを使ったが、イエスの長い説教(山上の垂訓)もないし復活のイエスの姿もないし、またイスラエルの歴史にとっても不十分と思ったのであろう。マタイとしてはマルコの不十分な点を自分が補うつもりだったのかもしれない。
ルカは、同様にマルコを援用した。しかし、イスラエルに目を向けていたマタイとは別で、ローマの世界でも通用する常識的で普遍的な福音の伝達を試みたと言える。最後に、ヨハネは特殊な福音書だ。イエスの事跡をもう一度神学的なあるいは思念的な面から洗い直して、マルコ、マタイ、ルカとは一味違った観点から福音書を著した。
キリスト教徒は、古代からこれら4種の(外典の問題は別として)、ときには相矛盾する記述の福音書をあえて一つにまとめることはせず(歴史的にタチアヌスが個人で試みた Diatessaron という例はあるが)、いずれもイエスの生涯と弟子たちの働き、そして神のメッセージを伝えるものとして後代に受け渡してきた。
都合の悪いところを切ったり、余計なものを付け足さず、この4種の福音書がそのまま今日に伝えられていることを感謝したい。また、我々もこのまま後世に残して行きたいと思う。