Dr. Waterman's Desk

An old desk of an American theologian ("日本語" speaker) / Check out another blog please "Comments by Dr Marks"

My Photo
Name:
Location: United States

American citizen but a foreign native born in southern Germany, raised in northern Japan. He holds a Ph.D. degree in biblical theology (Center for Advanced Theological Studies, Fuller Theological Seminary). Dr. Waterman mainly lives in Los Angeles, California. He studied various subjects (philosophy, sociology, etc.) and languages in Japan and in America (Hirosaki University, University of Tokyo, Fuller Theological Seminary, and other institutions). Email: markwaterman(at)fuller(dot)edu. Some call him "Dr. Marks".

Tuesday, September 04, 2007

What's Commentor, or Co-mentor?

コメンターとはこれいかに?

Commentor と打ち込むと commentator とコンピュータが勝手に直してくれる。然るに、「コメンター」という言葉が実在するらしい。日本語Wiki にだけ(日本語だけに決まっているが)この言葉があるのだ。以下にその説明を全文引用する。

英語にするに当たって、はたと困った。どう書くの?

とりあえず commentor がいいと思って試しに書くと、上記のような具合で commentator と自動綴り訂正機が働いてしまう。Co-mentor という洒落字も考えてみた。コ・メントァとは一緒に一人の学生の面倒をみる共同指導教官のことだ。Co-advisor ともいう。時によってはこちらがピッタリかもしれない。ともかく、まだ知らない人がいたら(←ひょっとして知らないのはオレだけ?)以下を読んでください。

 コメンターとは、いわゆる「コメンテーター」とは異なる概念で、ブログの進化に伴って出現した人種のことを指す。
 広義には、ブログコメントを寄せる人のことをも含有しているともいえるが、一般的には、自分ではブログを開設せず(若しくは更新せず)、もっぱら他所のブログにコメントする人のことを指す。別名「穴掘り人」。
 ブログは、更新し続けなければ集客がままならないものでもあり、加えて、コメントを寄せてくれた客のブログをも巡回、コメントしなければ礼儀を欠くという、煩わしい面もある。よって、ブログ運営によって生じる負担の重さから、閉鎖、休業を宣言するブログを目にすることも多々ある。
 このような弊害を避けつつブログライフを満喫するために、敢えて自らのブログを設けず(若しくは更新せず)、他所のブログの面白い記事を見つけて、そこにコメントしてまわることを主たる活動とする「コメンター」という人種が出現するに至った。
 中には、特定の記事のコメント欄に住み着いて個人的な「ブース」のようなものを構築し、あたかもそこの主であるかのように振舞うコメンターも存在する。このようなコメント欄は「コメント穴」と呼ばれ、ここにコメントを投稿することを「穴掘り」などと称する。
 使用例 「今日もごっつ穴掘りするだっぺ」⇒「今日もたくさんコメント入れるぞ」


この言葉を偶然見つけたのは、あるブログにコメントしようとしていたときだった。前にコメントを受け付けないブログのことを書いたが、今度はコメントできるというのでしようとすると、会員登録してくれというメッセージに遭遇してしまった。登録は無料だというが、いかにもみみっちい。島国根性のブログだと思った。そんなプログにコメントしてやるか、けちんぼ!

考えてみたら、人に見せるためのプログなのに管理者がそんな根性じゃ利用者は不利益を被るじゃないか。コメントはもらったほうがブロッガーのためになるのだ。なにしろ Co-Mentor なんだから。

間もなく、このブログを開いて1年になる。昨年のちょうど今頃は、自分のブログを持たずに、日本のサイトのあちこちに出かけてちょっかいを出していた。今考えると、「純粋なコメンター」だったらしい。そんなこととはつゆ知らず、自分でこれは fair ではないなと思って、他人が私のところに押しかけられるように日本語サイト(ブログ)を開いたのである。

しかし、ご覧のとおり、アメリカのグーグルブログであり、アメリカのブログ習慣に馴染んでいるので、未だに様子が解せないところがある。例えば、トラックバックだが、私のブログもその機能をオンにすることはできる。しかし、普通、アメリカの学者はやらない。ヘンテコな、ときには卑猥な紐が付いたりするからだ。そんなことをして無意味なアクセス数を誇っても何の役にも立たない。

日本では、学者さえ匿名でブログをしているのにも驚いた。キルケゴールにでもなったつもりなのか。あるいは、単に自信がないのか。それほど、日本の社会はしがらみが強すぎるのか。もっとも、小谷野氏とW氏の阪大事件のようなことが日常の野蛮な世界なら仕方があるまい。

さて、日本語Wikiの(しつこいが、これは日本語だけだからね)コメンターの定義によると、自分のブログを持っていても更新せずに、他でコメントばかりしているのはコメンターらしい。すると、私の場合はどうか。更新は割合にしているほうだと思う。しかし、コメントのほうが多いかもしれない。しかも多くの場合、私のコメントは長い文章になり、時には元ブログの記事より長かったりする。

本当によくあちこちにコメントしている。しかし、自ずと対象は私の関心に限られてしまうので、たいていの場合、友だちの友だちは友だちということで、関連ができてしまう。どういうわけか、多くのブログ友だちは皆懐の広い方々で、私の不躾なコメントにも丁寧なレスをくださったり、黙って温かく見過ごしてくださる。これは本当に感謝である。(怒ったブロッガーに消去されたことも一、二度あるが、それはそれ。)私自身もできる限りレスも書くし、広くコメントや反論をいただきたいと思っている。

今、考えていることがある。この1年、ブロッガーとして、また「コメンター」として、書きに書いた。同じエネルギーを本職の論文や著作に換算すればどうだったろうか、という反省である。しかし、反省は反省で、まだ懲りてはいない。この1年のブロッガー+コメンター生活から、世界に友人ができたし、何にもまして専門馬鹿に閉じこもらない刺激も受けた。

友人の多くは学問の世界の人ではなく、したがって匿名の人が多い。しかし、この匿名の方々は、私の意識と心と魂の中では、実にリアルに生きている現実の実名の友人だ。このコンピュータのキーを通じて、彼らの温もりが伝わってくる気がしてならない。なんだか、1周年記念の挨拶のようになってしまったが、いよいよそろそろ1周年に近いという今夜、しみじみとそう思う。皆様に感謝!